称名寺へようこそ

富山県小矢部市 真宗大谷派 称名寺のブログ

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いつか慶州に

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久しぶりに本棚から手にとった本、著者の人生とことばの力に引き込まれるように一息に読んでしまいました。この本を手元に置くきっかけとなった出会いについてお話ししたいと思います。


今から15年ほど前のこと、春休みに全国から東本願寺に集まった中高生と一緒に京都朝鮮中高級学校を訪問したことがあります。スタッフとして参加させていただいて、学校訪問の後には東本願寺渉成園在日韓国人一世の方々との交流会もありました。先輩から前年はとても良い交流会だったと聞いていたので、どんな方に出会えるだろうかとドキドキしながら向かったことを覚えています。

私がたまたま座ることになったのは、座椅子に腰をかけた老婦人の隣でした。物静かに座っていらっしゃるのですが、優しく人を包み込むようなあたたかさの感じられる方でした。他愛もない話の中で、ふとしたことがきっかけとなり、その方が朝鮮半島の南の方にある慶州の生まれで、慶州の春の美しさをいとおしむように語られ、いつか慶州を訪ねてみてくださいと言われました。お話をもっと聞きたかったのですが、交流会も終わりに近づき残念に思っていたところ、故郷のことは本に書きましたとおっしゃったので本の題名を教えていただきました。


『11月のほうせん花』皇甫 任[ファンボ・イム]


交流会のときに側にいた方々が、本の名前と一緒にファンボイムオモニと名前を繰り返し聞かせて教えてくれました。本の名前とオモニの名前をメモに残し、帰ってから本を取り寄せました。


届いた本には「17歳で日本に渡って半世紀 戦争と差別と貧しさの日々 今日を生き抜くために 働き続けた日々に 自らを励ます ことばの力」と書かれた帯がかけられていました。

最初のページを開くと、ふるさとの豊かな自然に育まれ、親兄弟と過ごした四季折々の情景が詩のように描かれています。楽しかった子ども時代を過ぎ、17歳のとき親の決めた結婚のため日本へ行くことになり、ふるさとと別れる悲しさが綴られています。

日本に着いて京都で始まった新しい暮らし、1つの部屋で夫の親や兄弟との生活、やがて戦争も始まり仕事や食べることに困窮する日々。誰の助けもなく初めての子どもを産んだこと、すぐに仕事に復帰しなければならない辛さ、次々に5人の子どもに恵まれるなかでオモニの苦労は続きますが、数々の困難に遭っても、いつも子どものしあわせを願う母の心で立ち上り、懸命に生きていくのです。本にはその時々のため息のような言葉が残されています。

オモニは56歳になって初めて京都の夜間中学に通い、日本語を学びました。言葉のわからない国で苦労してきたオモニたちは、学ぶ機会を得ること、読み書きへの切実な願いを持っています。「初めて校門をくぐって教室に入った時、緊張とおそれと喜びで足がふるえた」と解説に記されています。本の元になったのは、辛いとき、悲しいときにハングルで残されていたメモの数々、きっと日本語を覚えてからご自分の人生と向き合うように書き直されていったのでしょう。


ファンボイムオモニのことは幾度となく思い出していましたが、久しぶりにこの本を読んで、オモニの生きてきた人生とことばの力に圧倒されました。そして、交流会のあと、京都駅の近くのオモニたちの集まるデイサービスを訪ねたときのことを思い出しました。

部屋に上げていただいて、オモニたちにあたたかく迎えられたこと。あなたのふるさとの歌を聞かせてとリクエストされ、困った挙げ句にうろ覚えの『こきりこ節』を歌って、思いの外オモニたちに喜んでもらえたこと。たくさんの苦労があって大変な人生だったけれど、辛いとき悲しいとき私たちは「アイゴーアイゴー」と声をあげて生きてきたのだと教えてもらったこと…

「アイゴー」というのは、辛いときや悲しいときだけでなく喜びのときにも使う表現のようですが、言葉にならない思いを叫びながら生き抜いてこられたのだと、あらためてオモニたちの人生の重さと貴さを感じています。この話を聞いたときに、悲しいときにも嬉しいときにも「ナムアミダブツ」と称えてきた人々の心と通じるところがあるのではないかなぁと感じたことも思い出しました。


デイサービスにいたオモニたちはみなやさしくて、今思い出してもあたたかな気持ちになります。辛いこと苦しいことにあってきたから、人にもきつくあたるのか、それとも人の心の痛みを感じてやさしくなるのか、今でもオモニたちの背中に教えられます。

ファンボイムオモニの故郷、慶州へいつか行ってみたい、慶州の春を見てみたい、それは私の密かな願いになりました。